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【お知らせ】 年末年始休業期間

弊社では下記の期間、年末年始休業とさせて頂きますので、
ご案内申し上げます。

休業期間中は何かとご迷惑をお掛けすることと存じますが、
何卒よろしくお願い申し上げます。

期間:平成29年12月31日(日)~平成30年1月8日(月)

お急ぎのご用件は、0234(26)9505にご連絡ください。

(数回の呼び出し音の後に転送されます。)

 

11月15日オープン 「Lien...」(リアン) 

当社で施工させていただいた  ヘアサロン/エステティックサロン 「Lien...」
(リアン)
が11月15日鶴岡市朝暘町にオープンしました!

 

adress:  〒997-0024 鶴岡市朝暘町24-25
tel:  0235-64-8957
e-mail:  lien2017k@gmail.com
HP:  www.lien2017k.com
open:  10:00~19:00 (土日祝 9:00~19:00)
closed:  火曜・第3月曜

お店のホームページはこちらよりアクセス!
→ www.lien2017k.com

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

お店のホームページはこちらよりアクセス!
→ www.lien2017k.com

Q1.0(キューワン)住宅を建てよう!

Q1.0(キューワン)住宅を建てよう!

Q1.0住宅(キューワン)とは、自然エネルギーを出来るだけ利用しながら
「冬の暖房エネルギー」と「夏の冷房エネルギー」を減らすために、
建物そのものの断熱性能を向上した「超高断熱住宅」です。

すなわち、

『日本の各地方の気候特性を活かし、
      その地域に適した超省エネルギー住宅』


と言えます。(社団法人新木造技術研究協議会が提唱する家づくりです。)
「Q」とは、「熱損失係数W/㎡」のことをいい、その数値が小さい方が、断熱性能が高い事を表わしています。

これまでの住宅は、各部屋ごとに暖房をおこなう「部分暖房」でした。

国の基準の次世代省エネルギーレベルで、これまでと同じような造りの家にしてしまうと、家全体を暖房する「全館暖房」をした場合、これまでの家に比べ約1.5倍の暖房エネルギーが必要になります。

これでは、次世代省エネルギーとは名前だけで、むしろ増エネルギーになってしまうのです。

そこで、私たちは、一般住宅の暖房エネルギーの半分以下ですむ家が、本当の省エネルギー住宅になると考えました。

※クリックすると拡大します

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こうした住宅の熱損失係数は床面積あたり、概ねQ値が1.0台の住宅になります。
そこで私たちは、このような住宅に「Q1.0(キューワン)住宅」という名前を付けることにしました。

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※クリックすると拡大します

上の表は、建物の広さが120㎡(約36坪)の住宅を例にしています。
この建物の場合、次世代省エネ住宅とQ1.0住宅の暖房消費エネルギーは、
年間で、約800㍑の差があります。
これを30年間で計算すると、Q1.0住宅は、
暖房費で約192万円(灯油80円/㍑)も少なくて済みます。

 


 

doc02175320170203115419_001 a2678825-s室蘭工業大学   名誉教授 鎌田紀彦

このQ1.0住宅を提唱している室蘭工業大学の鎌田紀彦名誉教授監修の
『燃料半分で暮らす家』が刊行されました。

この中で特筆することは
「日本には日本に合った省エネルギー技術が必要である」という事です。
まとめてみると、

1)日本は北欧などと違って、
寒い地方でも太陽の恵みがあるのでこれを最大限利用する。

2)高断熱住宅は、夏の暑さ対策にも有効なため全国で必要である。

3)高断熱住宅は、夏の室内の空気の流れを考慮することにより
エアコンに頼らない家づくりが可能。

このようなことが言えることが分かってきました。

 


 

そこで、Q1.0住宅を建築するときのポイント

① 断熱材は厚さが重要

 

断熱は、断熱材の「性能×厚さ」で表されます。
そのため、断熱材自体はそこそこの性能でも、厚い方が全体として有利になります。
私たちは、グラスウールの断熱材をお薦めしています。
理由は

1)安価である

2)リサイクルができ、環境に優しい

3)不燃材である

4)吸音効果がある

などがあります。
高断熱住宅を普及させるためには、高価な素材は使えないのです。

 


 

② サッシは日射侵入率がポイント

 

サッシは、Q1.0住宅において非常に重要なファクターです。
断熱性能が高く、特に南側には、日射侵入率の高いガラスを選ぶことがポイントになります。
ここ庄内地方は冬の日射が少ないと感じていましたが、
冬でも日射をできるだけ取得するような工夫をした方が、暖房エネルギーが減ることが分かってきました。
実は日本という国は、冬期間と言えども太陽の恵みがいっぱいあるのです。
これを利用しない手はないのです。

 


 

③ 熱交換換気システムは効果抜群

 

換気は、折角温めた空気を単純に排気していることになります。
出来れば、換気は少なく抑えたいのです。
そこで効果があるのは、熱交換型換気システムです。
最近は、熱交換率が80%の製品が販売されました。
費用対効果を考えると、一番に取り入れてほしい設備です。

 


 

【山形県をQ1.0住宅特区に指定】
※クリックすると拡大します。

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社団法人新木造住宅研究協議会は、山形県を『Q1.0住宅特区』に指定し、
Q1.0住宅の普及に力を注いでいます。
私たちは、Q1.0住宅を特別な省エネルギー住宅とは思っていません。
これからの住宅のスタンダードだという認識です。
国は、2020年までにレベルの低い次世代省エネルギー住宅を標準にする予定でいます。
それは、前段に書きましたが、省エネルギーどころか増エネルギーになってしまうのです。
私たちは、Q1.0(キューワン)住宅レベルが標準になるように働きかけていますが、
恐らく無理でしょう。
であるならば、私たちだけでも、この現状を住宅建築を考えている方々に訴え、
このQ1.0住宅を普及していくように働きかけていきたいと思っています。
目に見えない部分のため、なかなか理解して頂けないかもしれませんが、
着実に一歩一歩活動を進めていきたいと思っています。
さあ、皆さん、これからの家づくりの
スタンダード性能のQ1.0(キューワン)住宅を建てましょう!

 


 

Q1.0(キューワン)住宅を建てた方のお声

2016年1月29日
インタビュアー:
(社)新木造住宅技術研究協議会 事務局長 理事 会沢 健二 氏

暑さ、寒さの外敵から身を守る、住み心地抜群の我が家は、例えれば“要塞”

 

いい家ができたと喜ぶ高橋夫妻

いい家ができたと喜ぶ高橋夫妻(写真1)

山形県酒田市で地酒専門店を営む高橋修一さん(45 歳)は、カメラや車、電気製品などいわゆる
メカに強いと評判の人。リビングには本格的なポルシェ等のミニチュアカーも置かれている。

お風呂でテレビを見たり外の気温が室内で見て取れる機器を設置したり、システマチックな暮らしをしている。それらはみんな高橋さん自身が自分で組み立て自分で設置する。勿論何かあれば自分で修理する。

 

本業の酒店もインターネットで大盛況なのだが、
これらは全て高橋さんのアイデアで成功しているようだ。(詳細略)

03そんな高橋さんが選びに選んで建てた住宅が2014 年の春完成した。

建築会社は、これも選びに選んで地元のコスモホーム(酒田市 柿崎圭介社長)に依頼した。選びに選んだ経緯が面白いので読者の皆さんのその顛末を紹介する。

家づくりの参考にして戴きたい。

 

■我が家は要塞(ようさい)

高橋邸は厚い断熱材で覆われている。

断熱材には、高性能グラスウールが使われていて、壁は内外で210mm、屋根は300mmの厚さがある。これらは現行基準の最高とされる長期優良住宅と比較して倍以上の厚さだ。窓はしっかりした断熱サッシ(YKKAPW330)にガードされ、住宅全体の断熱性能は省エネ基準の2 倍以上の高性能で、省エネ性能(暖房にかかるエネルギー)は国の基準の1/3 にまで削減という優れた住宅に仕上がっている。室内は暖房換気がシステマチックに設備され、夏冬とも住み心地抜群であるという。高橋さん夫妻の表情(写真1)からもうかがえる。

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左:標準図 右:厚い断熱210ミリ

2016 年1 月末、2 度目の冬を迎えた高橋邸を、施工したコスモホームの柿崎社長と共に訪問した。

ニコニコと笑顔で迎えてくれた高橋さんは「いかがですか、住み心地は」という私の問いに「すごいですよこの家は。雨風は勿論どんな寒さにも暑さにもびくともしないんです」そう答えてくれた。

私はすかさず「そんな家を、メカに強い人が何かにたとえたら何になりますか?」と聞いた。すると、少し間をおいてでた答えは「要塞(ようさい)・・・そう、要塞ですね」だった。

私はそれを聞いて頭に電気がついたようにひらめきが走った。

さすが機械をいじる人だ。長年色々な場面に出会ってきたが、要塞のたとえは初めて聞く。長い間、探していたものに出会ったような感覚になった。要塞という言葉をあらためて辞書を引くと「外敵からの攻撃を防御するために建造する堅固な建造物」書かれている。(広辞苑)まさにその通りであろうと私も思った。

酒田鶴岡のある山形県庄内地方は、冬の日本海から吹き付ける風が半端でなく強い。
コンクリート造のビジネスホテルに泊まっていても夜中、風の音で目が覚める事がある。内陸のようには冷えなくとも0℃前後の気温に風が吹くと体感温度は寒い。酒田の人が口をそろえて寒いというのはそういう理由もある。ある人は、冬の暖房時、風が家の中を吹き抜けて、まるで野原でたき火をしているようだと言っていた。要塞というのが実によくわかる。

■極寒ロード

高橋さんの話す言葉は歯切れよく実に新鮮だ。「実は極寒ロードというのがあるんですよ」と、今度は極寒ロードという初めて聞く言葉が出た。

今となると懐かしい気がすると前置きして、笑いながら「家の中の寒い道」をこう話してくれた。

以前の家は、台所の向こうが戸一枚で脱衣室になっていて、さらに戸一枚を隔ててお風呂があった。まず台所が寒かった。奥さんの話によれば立っているのもいやになる位、足下からじんじん冷えてきた。お風呂に入るとき、まずその寒い台所を通って戸を開けます。するとまず一回目の冷ゃ、外と同じくらい寒いので、ささぁっと服を脱いでお風呂の戸を開けると、暖かいはずの浴室は風がスースーしてさらに寒い。急いで風呂に入るのですが「会沢さん、そうしてお風呂に入ったら暖かいと思うでしょう。それが違うんです。そういう家は入っている内に寒くなるんですよ。」「入っている内に寒くなってしまうなんてわかりますか?ゆっくりお風呂に浸かるなんて寒い家ではできないんですよね」言われてみればわかる。露天風呂でも寒いと長く入っていられない。「こうして、決死の思いでお風呂に行くのですが、行きも帰りも、台所から浴室への道は我が家の極寒ロードでした」そう言ってまた笑う。

「それにしても以前の家はひどかった。玄関の建て付けが悪く、風の強い日はヒューヒュー音を立てて入ってきました。風だけじゃないんです、玄関の中に雪が積もるんです」子供も大きくなって、さすがに家を何とかしましょうと言いだしたのは奥さんで、高橋さんも真剣に考え始めたのだった。

■住宅展示場訪問~地元工務店・高断熱住宅との出会い

そんな経験をしての家づくりだったから、ここに至るまでさぞかし勉強したのだろうと読者は思うかもしれない。ところが、意外や意外、実はそのときはまだ高断熱住宅を知らなかったというのだから世の中の結末というのは面白い。

まず住宅展示場へ行って最初は安いことで名が売れているTホームに入った。
ここでは驚きの連続だった。テーブルに着くなり高橋さんは自分の生年月日から家族構成を書かされた。話を聞くと言うより聞かれることの方が多かったという。

色々なやりとりをしていると、「あなたは年回り的に来年家を建てるのがとても良いです」と言うではないか。
そんなことは考えてもいなかった。そんなこんなのやりとりをして展示場を後にした。

その後一週間位して、「あなたへのおすすめプランはこれです」と図面と見積書が送られて、契約を迫られたという。内心では、地元の工務店より大手の名のある住宅会社の方がいいと思っていた高橋さん夫妻だったが、住宅展示場とはこんなモノかと展示場行きはあきらめて、今度はウェブで検索することにした。

そこで、地元のコスモホームが目にとまったのだという。

住宅のデザインがイメージと合ったのだ。
そしてここで初めて断熱住宅を知ることになった。

コスモホームの今のホームページには断熱がさほど強調されていないが、この頃は高断熱が大きな差別化としてかなり細かく記述されていた。

中でも、年間の暖房エネルギー消費量、暖房熱源に何を使うか、環境を意識し、省エネで快適な住まいをつくる会社の方針が、延々縷々述べられていた。そこには柿崎社長の思いがかなり熱く語られていて、高橋さん夫妻はそれを全部、繰り返し読んだという。そうして初めて暖かい家、快適、省エネ、全室暖房とか、家づくりを知り、コスモホームと面談することになった。

■ある事件、土壇場で契約をとどまった理由

年間どの位の灯油が何リットルで暖かい暮らしができるか、なぜ高断熱が必要か、そんな話を、計算を交えて聞くことができた。

こうして計画が進んでプランも価格もほぼ決まった。
いざ契約というときに、思わぬ「待て」が入った。

高橋さんの親から、ストップがかかったのだ。親心である。

「そんなローンを組んで大丈夫か、高断熱住宅とかいうものに浮かれていないか」およそそんな内容だったという。高橋さんは、言われてみればそうかもしれない、そう思い直して、事実上いったん白紙に戻したのだった。(驚いたのはコスモホームだったが、ここは信じて待つことにしたと柿崎社長は話す。このとき柿崎社長はその真意を知らなかった)

■住宅展示場巡りから得たもの

それから、高橋夫妻は再び住宅展示場回りを始めた。

大手のSハウスはじめローコストを謳う住宅会社など数社を回り断熱性能、省エネ、暖房費などを聞いて回った。

クリックすると大きく表示されます

QPEX (図2) ※クリックすると大きく表示されます

ある会社は、断熱性能のことをいうとそんな断熱性能は酒田では必要ないという会社もあれば、高断熱ですという会社は法外な価格を言う会社もあった。

概して、断熱には不熱心で、ましてや年間の暖房エネルギーを言うような会社はなく、価格で売る会社は断熱を軽視しているのが実情であった。いろいろな話を聞いて、結局、コスモホームの言うことに帰着することがわかってあらためてコスモホームで建築することを決めたのだった。

契約同然まで進んでいた話を中断したことで回り道はしたが、価格や性能に、納得の行く契約ができた。

事実、コスモホームでは熱性能や省エネ性能をQPEX(新住協発行)というプログラムを使って全棟計算結果表(図2)を施主に提示する。酒田に限らず、住宅展示場に並ぶ住宅会社にそういう性能を数値で表せるような会社はほとんど無い。論理的理知的にものごとを進める高橋さんが、コスモホームに帰着したというのはそういうことだったのだ。

■快適さを求める設計

その頃、山形ではQ1.0 特区という厚い断熱を推進キャンペーンが行われていたこともあって、高橋邸は壁の外側にも105mmの断熱材を加える事になった。壁は合計210mmの断熱になる。サッシは樹脂サッシの高性能ペアガラスという重装備で建築された。その結果が“要塞”になったのである。

これが、関東や仙台のように冬の日射が多い太平洋側の地域ならもう少し軽装備で日射を取り入れる設計もできるのだが、庄内地方の冬は日射がほとんど期待できないので、断熱を優先した設計になっている。その狙いは当たって、日本海側独特の曇天続きの重々しい冬でも室内は快適で寒さ知らず、その上、以前より遙かに省エネという理想的な家ができあがった。

高橋夫妻は大いに満足している。

■一番いいと思うこと

妻の由紀さんに「何が一番よかったと思っていますか」と聞いてみた。

冬は日本海から強い風が吹く

冬は日本海から強い風が吹く

「勿論、どこにいても寒くないのが一番うれしいのですが、台所仕事をしているときでも、部屋全部が見渡せて、家族みんなと一緒にいる感覚が楽しめるところがこの家にしてよかった」と話してくれた。真冬でも寒くないから家族みんなが一つの部屋でのびのび暮らしていられるのだ。

主婦として、妻として、母として家庭生活に充実感があるのだろう。

高橋夫妻はこのことに喜びをかんじているのだが、実はそれ以上にコスモホーム柿崎社長はうれしいという。断熱や気密は家づくりの手段であって、快適に暮らしを楽しむことが目的だから、そんな感想が一番うれしいという。

■今では遠い昔の出来事

極寒ロードがあったのはたった2 年前、本当に快適な暮らしができるようになったらそれが遠い昔の出来事のように思えると高橋さんがしみじみ言う。

木川屋という山形の地酒だけを扱う高橋さんのお店は、今、全国からネットで注文が来るという繁盛ぶり。

お客さんには高橋さん夫妻のさわやかな笑顔も魅力になっているに違いないと思う。あの笑顔の背景には暖かい家、暖かい暮らしから生まれている部分もあって、その家づくりにはこういうドラマがあったということも知って欲しい。読者の皆さんが家をつくるときも高橋さんと同じようないい家をつくって欲しいと思うから。

 

 

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私が酒田・鶴岡での家づくりにこだわる理由

改めましてこんにちは、コスモホーム代表の柿崎圭介です。

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私自身、紆余曲折を経て2000年8月の創業を機に、この酒田・鶴岡の地で「スタッフ各々の能力・個性を最大限に発揮して、お客さまの夢を叶える会社であり続けたい。仕事を通じて地元に恩返しができる会社になりたい」と願っています。

このページでは、ご挨拶もかねて、まずは、私“柿崎圭介”の…
ひいては“コスモホームの家づくりのルーツ ”を知っていただければと思います。
少し長くなりますが、引き続きお読みいただければ幸いです。

 

■寒くて暗い庄内の冬

皆さんもご存じのとおり、庄内の冬は長く厳しいものです。

doc04327020140429111530_001私が小さかった頃は、冬は雪囲いで家の中が真っ暗になり、昼間でも電気をつけなければなりませんでした。空はどんよりと曇り、いつもどことなく暗い感じがありました。

幼稚園の頃、東京オリンピックが開催され、明るく華やかなイメージが幼心に強く残りました。中学一年生のときに、学校で市川昆監督の『東京オリンピック』という映画を見たのですが、建築家・丹下健三氏が設計したオリンピック会場の代々木第一体育館がとても大きく感じ、建物の中にいる人間の存在が小さく感じました。同時に、その人間が、それらを創りだしていることに、人間の大きさをも感じました。東京=建物というイメージが結びつき、東京への憧れが、そのまま建築への憧れとなりました。

 

また、幼い頃から交流のあった洋館に住む外国人の暮らしにも影響を受けました。当時の日本では珍しいパネルヒーターによる全館暖房のおかげで、冬でも暖かく、快適に過ごすことができるのです。朝からコーヒーの香りが漂う、明るくゆったりした住まいは、まるで別世界のようでした。日本にはない豊かな暮らしがそこにはありました。英語への憧れと共に、暖かく快適な住まいへの憧れが芽生えたのでした。

 

■いざ憧れの東京へ

doc04327120140429112010_001芝浦工業大学工学部建築工学科に進学と同時に上京、憧れの東京での生活が始まりました。

いざ大学に入ってみると、自分は大きなビルや公共の建築物を建てるようなイメージじゃないと感じました。大学には設計、環境、構造、材料の4つのゼミがありましたが、私は環境やソーラーシステムの研究を選びました。

 

 

doc04327820140429113209_001卒業後はゼネコンに就職、ビルや公共建物の現場管理を任されました。現場から現場を渡り歩く日々で、3ヶ月間泊まり込みで仕事をすることもありました。アパートに帰っても寝るだけで、プライベートな時間はほとんどありませんでした。東京はとにかく人が多く、みな仕事に追われている。たまに来て遊ぶにはいいけれど、長く住むところではないと感じ、3年後、庄内に戻ることを決めました。

 

■夢破れて……

地元では、建築とはまったく縁のない食品関連の会社に就職しました。友人や知人から、建築関係の仕事の誘いもあったのですが、「もう建築の仕事はこりごり」という気持ちがありました。新しく入った食品関連の会社では、社長の下で、経理、営業、管理の仕事を任されました。経営者の下で仕事をするのは初めての経験で、お金のことや経営のことなどとても勉強になりました。当時の社長には、とてもよくしていただきました。

しかし、時代はバブル全盛期。どこか「何かが違う」という違和感をぬぐえませんでした。「自分にしかできないことは何なのか?」と突き詰めていったとき、「やっぱり建築がやりたい!」という答えに辿りつきました。とはいえ、建築の仕事から離れて久しく、一級建築士の資格もありません。10年も勤めて、今さら「辞めます」というのも、おかしな話です。

 

■胸を張っていけるように

doc04327620140429112752_001色々と悩んだ末、出した結論が「きちんと資格を取って、胸を張って建築の道へ戻ろう」ということでした。実は以前も一度チャレンジしたことがあったのですが、失敗してそれきりになっていたのです。そこで結婚を機に一念発起し、仕事をしながら一級建築士の資格取得を目指しました。

休日に酒田から秋田まで2時間かけて専門学校まで通い、勉強をつづけました。1年目は学科は合格したものの、製図試験に落ち、次でダメだったら諦めようと、背水の陣で挑みました。2年目にようやく資格を取ることができ、気づけば息子は1歳になっていました。晴れて社長に会社を退職したい旨を伝え、円満退社することができましたが、それでも社長には申し訳ない気持ちでいっぱいでした。

 

■ふたたび建築の道へ

翌春、職探しを始めました。建築士の仕事として考えられるのは、設計事務所、ゼネコン、住宅会社が主な働き口です。大きなビルの設計は肌に合わないことを大学時代にすでに感じていたし、もうゼネコンには戻りたくありません。未経験ではありましたが、住宅会社という選択肢が現実味を帯びてきました。

そこで知り合いの不動産屋さんに住宅会社を紹介してもらい、働くことになりました。初めて木造住宅に携わるようになりました。また建築の仕事に携われることが嬉しくて、とにかくガムシャラに勉強し新しい知識を仕入れていきました。木造住宅は初めてのことだらけでしたが、まるで水を得た魚のように、新しい仕事をどんどん覚えていきました。

 

■理想と現実のはざまで

あるとき、真冬の寒さが厳しい地域の内覧会で、大きな窓と広々とした吹抜けの、明るくて暖かい家を見てびっくりしました。子どもの頃に住んでいたような、田舎によくある「狭くて、暗くて、寒い家」とは大違いでした。幼い頃に見た、外国人の洋館での暮らしを思い出しました。「こんな家が作れるのか?」と驚きにも似た気持ちでした。「自分もあんな家を建てたい!」しかし、社長からは「すごいことはわかった。でもコストがかかるから、ウチには合わない」と却下されてしまいました。会社の家づくりの方向性とは、真逆の家だったのです。

注文住宅が主流だった当時、企画住宅というのは新しい試みでした。社長に言われて岡山まで勉強しに行ったりしていました。当時の仕事は現場管理がメインで、数十棟みることもありました。設計は外部の設計事務所に任せ、自分はキッチンやお風呂などの設備を決めたり、色を選んだりするだけでした。あとはひたすら現場の管理。社長に「庄内にはこういう家がいいんじゃないでしょうか」と提案しても、とにかく棟数を増やすことが先決と、まったく話がかみ合いませんでした。

 

■思いきって独立したものの……

「こうなったら自分でやるしかない」そう思った瞬間、社長に「会社を辞めます」と言っていました。

完成19もう後には引けません。そのときはまだ、「独立する」というのがどういうことなのか、よくわかっていませんでした。「コスモホーム」という社名は、親戚が仙台で「コスモグリーン」という会社をやっていて、コスモ(宇宙)という響きが気に入ったのと、コスモは「コスモポリタン」に通じ、つまり一人の地球人として家づくりに携わりたいという思いからつけた名称です。

後先考えず、半ば勢いで独立してしまったので、創業間もない頃は、仕事が全くなくて苦労しました。いきなり新築は難しいので、まずはリフォームから始めようと思い、リフォームのチラシを作って、親戚や友人・知人宅を中心に、飛び込みであちこち回りました。玄関先で犬に吠えられることもしょっ中。冬は日が暮れるのが早く、真っ暗な中を訪ねて、断られるのは本当に切ないものでした。知り合いが「上がってお茶飲んでいきなさいよ」と言ってくれることの、なんとありがたいことか! 話を聞いてもらえる幸せ、仕事がとれるありがたさを、身に染みて感じました。

その後、スタッフが知り合いから仕事をもらってきてくれて、どうにか持ち越すことができました。

創業当初は、仕事を取ることもしかり、人を使うこともしかり、とにかく、何をどうすればいいかわからない。どう取り組んでいいのかもわからず、闇雲にあがいているという状態でした。悩んでも、あまり先に繋がらないことが多かったのです。毎晩、眠れない夜が続きました。

 

■少しずつ夢が現実に

新しい会社は、大量生産ではなく、お客さまと一棟、一棟、じっくり家づくりをしたい。自分たちが目指す断熱がしっかりした暖かい家づくりをやろう! と希望に燃えていました。「売る」のではなく、一緒に「つくる」、お客さまのための家づくりをご提案できる、そのことがすでに大きな喜びでした。

会社を始めて間もない頃に担当したお客さまで、ありきたりのプランでは満足せず、何度もプランを修正したお宅がありました。お引き渡しの時、そのお客さまから「社長、握手してください」と言われ、驚くやら、嬉しいやら、すごく感動しました。自分の仕事をありがたいと思ってくれている人がいる。お客さまとの握手はとてもあたたかく、人の温もりを感じました。

また、あるお客さまは「この階段がお気に入りなので、わざわざ2階のトイレに行くのよ」なんて言われると、本当に嬉しくなります。お客さまと話をして、その想いをカタチにして伝えることが私たちの仕事です。それぞれのお客さま、一人ひとりのために作っているので、こうして喜んでもらえることが、何より嬉しいのです。

 

■支えてくれるお客さま

あるとき、新築して数年たったお客さまのお宅に伺う機会がありました。台風が来て雨漏りしてしまい「様子を見てください」と呼ばれたのです。翌年、また同じお客さまのお宅で雨漏りがおき、修繕に伺いましたが、「新しく建てたのに、なんで雨漏りするの!」と、とてもお怒りでした。その時は、とにかくお詫びするしかありませんでした。

この前、同じお客さまから、「コスモさん、薪ストーブやってるよね。薪にちょうどいいケヤキの木がいっぱいあるんだけど」とお声をかけて下さいました。あんなにご迷惑をかけたというのに。建物と関係ないことで声をかけて下さったということも、嬉しく思いました。

 

■“期待を裏切る”家づくり

経営は人、会社も人が大事です。

家づくりを通して、お客さまや社会に貢献できているか。社員が仕事を通じて成長できているか。家づくりを通して、お客さまも社員も幸福であるように、常にその視点を忘れないようにしています。

コスモホームが理念として掲げているキャッチコピー「“期待を裏切る”家づくり」、とても重い十字架であると自覚しています。ある意味、茨の道かもしれません。でもそこを突き進んでいかないと、お客さまも、社員も、幸せにはできない。だから覚悟を持ってやり遂げたいと思います。

 

■人と技術と設計と

大学の専攻も環境でしたし、オモテから見えない部分ではありますが、断熱には実は非常にこだわっています。難しい話は抜きにして、「暖かい家」という点については、安心してお任せいただきたいと思います。

経営者としてだけでなく、設計士としてお客さまのお宅の設計・施工管理も行っていますが、設計の仕事はとにかく発想が命です。設計には特に力を入れているので、感覚を鈍らせないよう、何かヒントになるものはないか、新しいアイデアはないか、常にあちこちアンテナを張るようにしています。

社員からはよく「社長は断熱がやりたいの? 設計がやりたいの? コストを重視したいの? 何がやりたいの?」と聞かれます。欲を言えば、どれも譲れない。全部やりたい。卵が先か、鶏が先か、そんな議論をしている時間はない。バランスよくやっていかねば、誰も幸せにはできない、そういつも胸に刻んでいます。

結局は、お客さまのために「ああでもない、こうでもない」ってやっていることが、楽しくて仕方がないんです。技術屋の性ですかね。その楽しさをお客さまや社員たちと共有していきたいです。

 

■息子に誇れる仕事を

doc04328520140429132025_001いま東京の大学に通っている息子が、同じ進路を選んでくれました。そのことが親として何より嬉しいです。高校時代、進路希望にずっと「機械科志望」と書いていた息子が、あるとき「一級建築士ってスゴイね」と言い出したのです。親父の仕事を、なんとなく気にし始めたのだと思います。

高3で志望校を決めるのに迷っていた息子に、「機械科でもいいよ。でも行くならどういう方向に進みたいか考えておけ。あれもこれもはできないから。どうせやるんなら一芸に秀でろ。何かでプロになれ。どんな道を選んでも、お父さんは応援するよ」と伝えました。彼なりに色々と考えて、建築の道を選びました。このときほど、自分の仕事を誇らしく思ったことはありません。

 

■これからのコスモホーム

 色々な会社を回ったけれど、いま一つピンと来ないまま、コスモホームに来て下さったお客さまが「あ、見つけた!」という感じのキラキラした目を見ると、私もワクワクしてきます。ようやく出会えたお客さまの夢を、デザイン、性能、住み心地というカタチあるものにしていくことが、私たちコスモホームの仕事です。お客さまの「あんなこともしたい」「こんなこともしたい」というワクワクを一緒に感じ、受け止めつつも、プロとしてさらに一段上をいくご提案をしたい。

 社員各々の能力・個性を最大限に発揮して、お客さまの夢を叶える会社であり続けたいのです。

IMGP2082
社員が誇りを持って仕事ができる会社としても、成長していきたいですね。「“期待を裏切る”家づくり」―覚悟を持って、お客さまも、社員も、みんなが幸せになれる家づくりを、徹底して行っていきます。

また地域に根差した会社として、地域の木材を積極的に使ったり、さまざまなかたちで地域に貢献したりと、仕事を通じて地元に恩返しができる会社になりたい。「酒田にコスモホームあり」と言われるような会社になりたいですね。

 

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ここまでお読みいただきありがとうございます。

末筆ではございますが、お客さまの家づくりが安心で、
幸せなものになりますよう、心からお祈り申し上げます。

コスモホーム有限会社
代表取締役 柿崎圭介